Kennedy House 銀座の歴史

 目次 

 

ケネディハウスとは?加瀬邦彦の想い

ケネディハウスは1983年1月に六本木にオープン。ザ・ワイルドワンズのリーダー加瀬邦彦が『自身が楽しめる』大人の社交場を作りたいとの想いから創設に至った。
まず『自分が楽しめる』という思いが先立つのは加瀬邦彦らしい発想であり、楽曲等の作品作りや、沢田研二始め多くのプロデュース活動同様、自分がワクワクしない事は人には絶対伝わらない!という考えがここにも反映されている。
また当時のライブハウスはあまり良い印象ではなかった。老若男女が安心して楽しめる場所にしないと人が楽しく集まれないと考え、当時としては珍しく一流ホテルマンを雇用しサービスを充実させ、音楽での楽しさ、サービスでの心地よい空間を作り上げた。
その後、当時を知るお客様の声を聞くと、一人一人のお客にしっかりと気配りがされ、ライブハウスにいながら上質なサービスを提供してくれる場所だったと。
その声は加瀬邦彦の想いが形として身を結びお客様にも届いていた何よりの証拠である。
その理念はケネディハウスの根幹として大事に脈々と現在に至るまで引き継がれている。
ここまで長きに渡り続けてこられたのは、まず自分たちが楽しむ、そして丁寧にお客様一人一人に寄り添うサービスがあってからこそだろう。
なお、ケネディハウスの由来は加瀬邦彦がアメリカ大統領であったジョン・F・ケネディ、またその当時のIVYファッションに憧れていたところからである。

 

六本木店〜銀座店   -ケネディハウスの変遷 

六本木店は加瀬邦彦の想いの通りに大人の社交場として賑わった。
時代もあってか、六本木店には著名人を始め多種多様な業種の方にご来店頂き今で言う異業種交流会のような一面もあり、お客様同士で仕事はもちろん、プライベートにおいても今でもお付き合いが続いているという声を多く聞く。
その後1985年にケネディハウス銀座店がオープンする。
銀座店の前身は渡辺プロダクションが経営していたメイツというライブハウスで、太田裕美、アンルイス、天地真理、平山みきなど多くの歌手を輩出した。キャンディーズが解散記者会見を行った場所としても有名である。
加瀬邦彦がザ・ワイルドワンズとして渡辺プロダクションに所属していた関係もあり、六本木店の活気を見た創設者の渡辺晋、現会長の渡辺美佐から、メイツの後として同じ場所でケネディハウスを始めてみないか?という経緯で銀座店がオープンした。
また六本木には Kennedy’s Barという演者が接客をしながら演奏をするという隠れ家的な場所があり、六本木店で楽しんだ後にバーに流れるというお客様も数多かった。
また六本木店、そして銀座店でも人気を博していたのがハウスバンドである。
ハウスバンドの存在無くしてケネディハウスは語れないであろう。

 

スーパーワンダーランド(ハウスバンド)

 由来はディズニーランド? 

加瀬邦彦がケネディハウスを作るにあたりまず着手したのはハウスバンドの結成である。
当時ザ・ワイルドワンズのレコーディングやライブのサポートをしていた上田司に声をかけバンドを作って欲しいと頼んだ。
加瀬邦彦は当時多かったジャズ喫茶のような特定のジャンルのみの演奏ではなく、誰もが知っている、口ずさめるような曲、ジャンルにこだわらず多種多様な曲や演出を提供するエンターテインメントバンドであって欲しいと伝え、それに共感した上田司は今も(2021年3月現在)ハウスバンドとして銀座店に出演しているスーパーワンダーランドを結成した。
加瀬邦彦のイメージを汲んだ上田司は同年に作られたディズニーランドの、どの世代でも楽しめる、また宝石箱のように様々なアトラクションでお客様を楽しませる理念にインスパイアされそこからスーパーワンダーランドと命名した。
事実、洋楽邦楽のポップスを中心に、ロック、ダンスミュージック、歌謡曲、グループサウンズ、映画・テレビ音楽、演歌等々、様々な楽曲を演奏し、お客様からはもちろん同業関係者からもここまで幅広いジャンルを提供出来るのはすごい事と高い評価を得ている。 

 

ザ・ワイルドワンズ    

 -デビュー55周年を迎える伝説的バンド

加瀬邦彦がリーダーを務めたザ・ワイルドワンズもケネディハウス六本木が創設して以来現在に至るまで毎月公演を行なっている。
ザ・ワイルドワンズは1961年に結成。デビュー作『想い出の渚』が大ヒットし、グループサウンズ、バンドブームの先駆けとなった。1971年に1度解散するものの、1981年に再結成し以後日本全国でコンサート活動をこなす。その後2006年に結成40周年を記念して武道館にて単独ライブを大成功に収め、2008年に加山雄三withザ・ワイルドワンズ〜湘南海物語オヤジ達の伝説〜全国ツアー、翌2009年にはグループサウンズ時代からの友人である沢田研二とジュリー with ザ・ワイルドワンズを結成し全国ツアーを成功させる。
その際に発表された『渚でシャララ』はバンドありながら鳥の衣装を施し楽器を持たずダンスをしながら歌うという斬新な演出で話題を呼びNHK『SONGS』、『 SMAP×SMAP』などにも出演。
2012年4月にはももいろクローバーZの公演『ももクロ春の一大事2012〜横浜アリーナまさかの2DA YS〜』に出演し、百田夏菜子withザ・ワイルドワンズとして加瀬邦彦が作曲した『渚のラララ』を披露した。
2015年に加瀬邦彦の他界後は、ケネディハウスの代表でもあった(2015年5月〜2021年1月 )加瀬邦彦の次男加瀬友貴が加わり、2021年11月に迎える55周年へ向けて精力的に活動している。

 

加山雄三出演    -加瀬邦彦との友情秘話

1994年に加瀬邦彦が食道癌で体調を崩した。その際に加山雄三がお見舞いに来られ、バブル崩壊後という事もあり、ケネディハウスの運営を心配された加山は『おれがケネディハウスに出演しようか?』と伝え、加瀬は『加山さんにお支払い出来る出演料なんてとても出せない』と断ったが、加山は『それなら出演料はビール1杯とやきとりでいいよ』と加瀬を思いやる男気として異例の出演となった。
その後1995年から2019年12月まで20年以上にわたり当初の約束通り毎月1回欠かさず公演を行った。
加山雄三と加瀬邦彦は慶應の学生時代からの付き合いであり、ギターや音楽のイロハを加瀬に教えたのも、ザ・ワイルドワンズと命名したのも加山である。加瀬が音楽を始め、またザ・ワイルドワンズ、その後のプロデュース業と活躍出来たのは加山との出会いが原点である。 

 

その後のケネディハウス

   -さらなる未来へ向けて

2013年にはヒビノ株式会社の100%子会社となり、よりライブハウスの価値と可能性を追求し高めるために新たなスタートを切った。
ケネディハウスは1983年にスタートし間もなく40周年を迎える。
ハウスバンドであるスーパーワンダーランド、ザ・ワイルドワンズ、そして加山雄三、また多くのゲストミュージシャンの出演と多くのお客様に愛されながら歴史を積み重ね、人の想いを紡ぎ伝統あるライブハウスレストランとして現在に至る。
加瀬邦彦が創業し、加瀬友貴が引継ぎ、ヒビノへバトンタッチしこれからも未来へ向けオンリーワンのライブハウスを目指し歩んでいく!

 
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